TOP 70/80/90年代ナイキレトロランニングシューズを徹底解説

70/80/90年代ナイキレトロランニングシューズを徹底解説

伝統と革新の系譜。70 / 80 / 90 年代「ナイキレトロランニングシューズ」が現代のストリートを席巻する理由

ナイキの歴史を語る上で、切っても切り離せないのが「ランニング」というルーツです。今日、私たちが街中で当たり前のように履いているスニーカーの多くは、かつてアスリートが1秒を削り出すために開発された競技用シューズでした。

近年、スニーカーシーンでは「テック推進」の一方で、70年代から90年代のアーカイブを現代に蘇らせる「レトロランニング」の波がかつてないほど高まっています。なぜ、数十年前のデザインが今なお新鮮に映り、スニーカーヘッズの心を掴んで離さないのか。

本稿では、ナイキ専門オンラインショップ「snisellya(スニセルヤ)」の視点から、各年代を彩った名作たちの誕生秘話、技術の進化、そしてカルチャーとしての価値を徹底解説します。これを読み終える頃、あなたの足元には新たな一足が加わっているはずです。


1. 1970年代:ワッフルソールが変えた世界。ナイキ伝説の幕開け

黎明期の情熱と「オレゴン」の風

1970年代、ナイキ(当時はブルーリボンスポーツ社)は、まだ産声を上げたばかりの挑戦者でした。共同創業者であるビル・バウワーマンは、オレゴン大学の陸上コーチとして、常に「より軽く、よりグリップ力の高いシューズ」を追い求めていました。

その執念から生まれたのが、伝説の「ワッフルソール」です。朝食のワッフル焼き機にゴムを流し込むという、今では考えられないような独創的な発想から生まれたこのソールは、当時の硬いアスファルトや土のトラックで驚異的なトラクションを発揮しました。1973年に登場した「ワッフルトレーナー」は、その鮮やかなナイロンアッパーと相まって、全米にジョギングブームを巻き起こしたのです。

ナイキ プリ モントリオール レーサー ワッフルソール ナイキスニーカー通販店 snisellya

「コルテッツ」というアイコンの誕生

1972年、ナイキブランドとして初の公式モデルの一つとして世に送り出されたのが「コルテッツ」です。ビル・バウワーマンが設計したこのモデルは、二重のクッショニング(フルレングス・ミッドソール)を採用し、長距離ランナーの足の疲労を劇的に軽減しました。

当時のスニーカーシーンでは珍しかった、サイドに大きく配置された「スウッシュ」。映画『フォレスト・ガンプ』で主人公がアメリカ全土を走り抜けた際に履いていたあの白・赤・青のトリコロールカラーは、今やアメリカ文化の象徴とも言えます。70年代のモデルは、装飾を削ぎ落とした「機能美」の極致であり、ヴィンテージデニムやチノパンとの相性が抜群なことから、現代の「シティボーイ」スタイルの足元を支える定番として君臨しています。

ナイキ コルテッツ クラシック OG レザー ナイキスニーカー通販店 snisellya


2. 1980年代:テクノロジーの覚醒と「Air」の衝撃

目に見えない衝撃吸収材「Air」の登場

80年代に入ると、スニーカーの歴史を変える最大の革命が起こります。1978年に試験的に導入された「Air」テクノロジーが、1982年の「エアフォース1」を経て、ランニングシューズにも本格的に浸透し始めました。

その先駆けとなったのが、1983年に誕生した「エア ペガサス」です。「すべてのランナーのためのシューズ」というコンセプトで開発されたこのモデルは、手頃な価格でありながら高性能なAirを搭載し、瞬く間に世界で最も売れるランニングシューズのシリーズとなりました。80年代のナイキは、単なる機能性だけでなく、デザイン面でも「スピード感」を重視し始めます。

カレッジカラーとスニーカーカルチャーの融合

80年代中盤、ナイキはバスケットボールシューズだけでなく、ランニングシューズにおいてもカラーリングの多様性を広げました。「V-SERIES(ベンチャー、ヴェンジェンス、ボルテックス)」の登場です。軽量性、安定性、クッション性という3つの要素をそれぞれのモデルに特化させ、ランナーのニーズに合わせて選べるようにしたこのシリーズは、ハイテクスニーカーの先駆けと言えるでしょう。


ナイキ エア ベンジェンス VNTG ナイキスニーカー通販店 snisellya


この時代のモデルは、スエードとメッシュのコンビネーションが多く、独特の「レトロ感」が漂います。スニーカーマニアの間では、経年変化によるミッドソールの黄ばみ(ヴィンテージ加工)を愛でる文化があり、OG(オリジナル)カラーの復刻は常に争奪戦となります。80年代のモデルは、スポーツ用品が「ストリートファッション」へと昇華し始めた、まさに過渡期の輝きを放っています。

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3. 1987年:革命のシンボル「Air Max 1」の衝撃

ティンカー・ハットフィールドという天才

1987年、スニーカーの歴史は「前」と「後」に分かれます。建築家出身のデザイナー、ティンカー・ハットフィールドが手がけた「エア マックス 1(AIR MAX 1)」の誕生です。

それまでシューズの内部に隠されていた「Air」を、ミッドソールの窓から視覚化する(ビジブルAir)というアイデアは、社内でも猛反対に遭いました。しかし、パリのポンピドゥー・センターからインスピレーションを得たというそのデザインは、人々に「衝撃吸収を自分の目で確認できる」という圧倒的な安心感と未来感を与えたのです。

ストリートの「制服」となったハイパフォーマンス

「エア マックス 1」のデビューカラーであるスポーツレッドは、当時のランニングシーンにおいて異彩を放っていました。派手なカラーリングは、単に目立つためだけではなく、ナイキが業界のリーダーであることを誇示するマニフェストでもありました。

ここから、ランニングシューズは「走るための道具」という枠を超え、アーティストやミュージシャン、そしてロンドンのクラブシーンやニューヨークのヒップホップコミュニティへと浸透していきます。スニーカーヘッズにとって、Air Max 1は「すべての始まり」であり、PREMIUM(プレミアム)モデルや世界中のショップとのコラボレーションのベースとして、今なおピラミッドの頂点に位置する傑作です。

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